終了済み講義
この講義では、西洋中世における最大の哲学者の一人であるトマス・アクィナス (c. 1225–1274) 後期の主著である『神学大全』の冒頭にあたる、第一部の第二問と第三問の前半とを四週かけて講読します。
トマス哲学のエッセンスを凝縮したとも言える『神学大全』は 2000 以上もの項目について議論を含んでおり、その壮大さからしばしばゴシック建築に喩えられます。中世哲学にあまり馴染みのない方には、『神学大全』は如何ともし難い複雑な書物であると思われているかもしれません。しかし、いかに複雑な機械であっても近寄って注意深く観察すれば一つ一つの単純な歯車から作られているということが分かるように、『神学大全』もまた、手にとって読んでみると、実は、簡潔で明晰な議論の積み重ねによって構成されていることが分かるはずです。「透明な湖」とも表現される明快で透徹した論理は、この著作の魅力の一つと言えるでしょう。
今回の講義で取り扱うのは、『神学大全』本論の入り口とも言うべき、神について論じる第一部の冒頭部です。第一部の第二問では神が存在するということが明らかにされ、第三問以降では、その神が何であるのか、あるいは何ではないのか、そして神の働きは何か、三位一体とは、創造とは……と議論が進められることになりますが、そうした一連の問題の基礎となる部分を読み進めることになります。
この講義の目的は、「初学者を導く」ことを目的として書かれたという『神学大全』の講読を通じて、トマスの哲学、さらには中世哲学の雰囲気に慣れ親しむことです。私たちが目指すのは、それぞれの議論の結論となるテーゼを知ることではなく、むしろそこに至るまでの思考や議論を理解することです。この講義での私たちの関心は、「神は存在する」とか「神は単純である」とかといった神学的な命題にあるのではなく、どのような道具立てで、どのような論理によってそのことを証明しているのか、という哲学的な方法にあるのです。
こうした読解を通じて、中世哲学が意外と開放的で明るいものだというイメージを抱くようになっていただければ幸いです。
第1回講義:2022年10月05日(水):20:00 - 21:30
まずは『神学大全』を読み進めるための準備作業を行います。 トマスが生きた時代において哲学が置かれていた状況をかんたんに確認し、トマスの他の著作を紹介した上で、『神学大全』を読み進める上で必要になるであろうことについて講義を行います。
第2回講義:2022年10月12日(水):20:00 - 21:30
第二問第一項「神在りということは自明であるか」、第二項「神在りということは論証されうるか」を講読します。『神学大全』の独特な雰囲気に馴染むためにも、それぞれ丁寧に解説します。
第3回講義:2022年10月19日(水):20:00 - 21:30
第二問第三項「神は存在するか」を講読・解説します。この項は「五つの道」と呼ばれる、五つの神の存在証明が展開される非常に有名な箇所です。先行研究なども参照しつつ、ゆっくりと読んで丁寧に解説します。
第4回講義:2022年10月26日(水):20:00 - 21:30
第三問第一項「神は物体であるか」、第二項「神には質料と形相の複合があるか」を講読・解説します。概要でも述べたとおり、議論の主題は神ですが、その背後には「物体とはいかなるものか」「質料と形相とは、またそれらから複合されたものはいかなるものか」という探求が潜んでいます。
第5回講義:2022年11月02日(水):20:00 - 21:30
第三問第三項「神はその本質ないし本性と同じであるか」、第四項「神においては存在と本質は同じであるか」を講読・解説します。第一項、第二項と同様に、それぞれの問題には本性・本質についての形而上学的な考察が伏在しています。
東京大学大学院で中世哲学を研究している本間裕之です。
専門としているのは、今回の講義で取り扱うトマス・アクィナスよりも半世紀ほどあとに生まれたドゥンス・スコトゥス (1266?–1308) という人物の形而上学や論理学です。
中世の大学で行われていた討論を再現した「討論形式」という独特のしかたで書かれた、『神学大全』を始めとする中世哲学の著作は、私にとって、それ自身研究の対象であるだけでなく、私たちの思考を教え導く教師でもあり、ともに哲学を行い進める友人でもあると思います。
こうした魅力あふれる中世の書物と、皆さまが出会い、対話することを少しでもお手伝いできればと思っております。