終了済み講義
『荘子』を扱う本講座にご関心を頂きましてありがとうございます。
本来であれは『荘子』そのものを扱うべきところですが、とても1ヶ月では読み通せません。そんな中で今年6月に中島隆博『荘子の哲学』が講談社学術文庫版として復刊されました。ぜひこの機会に、この書を通して『荘子』の世界に分け入ってみたいと思います。
本書は『荘子』に関する基本的な事柄を含め、歴史的にどのように捉えられてきたか、現在の欧米での研究も踏まえながら概観をしてくれています。とはいえ中国研究の宿命ですが、歴史上の固有名詞が大変多く出てきます。それぞれの著者やその著書の時代背景などを踏まえなければ、なかなか地に足のついた理解が難しい事情があります。
また『荘子』と関わり合いの深い、『老子』や道教、儒教といったタームもその相互関係を踏まえておく必要があります。そういった読解の隙間を本講座では適時補足しながら、中島隆博『荘子の哲学』を読んでいきたいと思います。
著者である中島隆博氏は西洋由来の現代思想を背景にして中国哲学を研究してきた研究者でもあります。ドゥルーズやカンタン・メイヤスーなどの思想との親近性も感じられると思います。西洋哲学から東洋思想への橋渡しとしても、ぜひ幅広い関心の方に届く講座にしたいと思います。
第1回講義:2022年11月04日(金):20:00 - 21:30
『荘子の哲学』に入る前に、『荘子』について概観します。「老荘」と括られる老子との比較、また孔子や孟子の儒教との比較を通して、中国哲学史上の位置付けを確認します。
また著者である中島隆博氏の学問思想についても『残響の中国哲学』、『中国哲学史』、『思想としての言語』や訳書『普遍的価値を求める』などを通して概観します。
第2回講義:2022年11月11日(金):20:00 - 21:30
『荘子』がこれまでどのように捉えられてきたのかをまとめた第Ⅰ部の全4章を扱います。伝統的な注釈や、胡適や魯迅といった中国の近代化を目指した知識人、そして現代の欧米での研究を概観します。第Ⅱ部への橋渡しとして『荘子』における「言語」の問題が特にクローズアップされていきます。
第3回講義:2022年11月18日(金):20:00 - 21:30
第Ⅱ部に入り、具体的に『荘子』の本文を扱っていく箇所に入ります。「言語」を主題とする第一章「『荘子』の言語思想ー共鳴するオラリテ」を読んでいきます。『荘子』「天道篇」で車大工が自身の技芸を言葉では伝えられないという言語不信の寓話から、根源的な言語への信頼へと議論は展開していきます。
第4回講義:2022年11月25日(金):20:00 - 21:30
「道」を主題とする第二章「道の聞き方ー道は屎尿にあり」では「養生主篇」での調理の名手、「達生篇」での泳ぎの名人が生きる自由自在な「道」への接近の困難さが提示されます。
それを受けて第三章「物化と斉同ー世界そのものの変容」では「斉物論篇」の有名な「胡蝶の夢」を通して、ある物が全く別のものへと生成変化する契機を『荘子』の中に読み取っていきます。
第5回講義:2022年12月02日(金):20:00 - 21:30
第四章「『荘子』と他者論ー魚の楽しみの構造」では前章で取り上げた生成変化が生じる原理を「秋水篇」の魚の楽しみを知りうるか否かの議論から他者論へと接続します。
さいごの第五章「鶏となって時を告げよー束縛からの解放」ではドゥルーズを参照しながら、『荘子』を生成変化の哲学と見ようとする結論へと向かっていきます。
日本学術振興会特別研究員PDをしてます藤井嘉章(ふじいよしあき)と申します。
今回扱う『荘子の哲学』の著者である中島隆博氏とは『普遍的価値を求める 中国現代思想の新潮流』(法政大学出版局・2020)の訳者としてご一緒したことがあります。
東洋思想を西洋哲学とダイナミックに接続する中島先生の研究にとても啓発されていたところに本書復刊があり、是非取り上げてみたいと思い今回の選書となりました。
『荘子』はもちろんですが、『荘子の哲学』もまたかなり難解な本です。分量は多くありませんので、1ヶ月のあいだゆっくりと時間をかけて『荘子』のエッセンスを味わいましょう。