終了済み講義
〈私たちはどこから来て、私たちは何者で、私たちはどこへ行くのか〉。もっと漠然とした形かもしれませんが、そしてあまり人前で口に出すことはありませんが、だれの心にも一度は浮かんだことのある問いかもしれません。
さて、アンリ・ベルクソンという哲学者がいます。彼はとある講演の中で、先ほどの冒頭に掲げた問い、「人間の起源、本性、運命」の問いこそが、哲学の「死活の問題」であると語ります(「意識と生命」)。また別の講演では、この「死活の問題」に対して哲学がなんの答えも持たないのなら、「すべての哲学は一時間の骨折りにも値しない」と厳しく断じています(「心と体」)。
そんなベルクソンの代表作である『創造的進化』(1907年出版)は、「生命」という観点からこの問いを探求した哲学書です。ベルクソンが100年以上前に『創造的進化』を著したのち、分子生物学は驚くほどのペースで発展しつづけてきたけれども、この学問が分析するところの生命がどこから来てどこへ行くのかという「進化」に関する問いは未だ尽きません。進化論とは生命のこれまでの来歴・これからの命運そのものを考えさせるジャンルです。だからこそ進化論は、単に科学の一分野であることを超えて、何かわたしたちを動揺させる問題提起力を持っています。
『創造的進化』のベルクソンは進化をどう思考したか。ベルクソンは同時代の諸学説による生命進化の説明原理(最も有名なのはダーウィンのそれでしょう)を哲学的に分析し、どれも不徹底なものとして退けつつ(第一章)、彼自身にとって最も納得できる生命進化の解釈を練り上げ(第二章)、ついには「生命の意義」を思考します(第三章)。この哲学者は、生命進化というわたしたちの歴史についての適切な語り方を提示し、その上で私たち人間の立ち位置を理解し、さらにわたしたちの向かう先について一定の解答を提出してみせます。なんたる大仕事でしょうか!
要するに、生命という具体的な対象に深くコミットしつつ、人間の起源・本性・運命という「死活の問題」に切り込むという、とてつもなく真っ当な、しかしだからこそ困難なプロジェクトを遂行してみせた哲学書——それが『創造的進化』という著作です。この未曾有の哲学的冒険を、わたしたちはじっくりと約1ヶ月かけて追体験していこうというわけです。
本講義は次のような流れで進んでいきます。①あらかじめ私の方から前提となる知識やヒントを提供する講義を行います。②一週間かけて、一章を各自で読んでいただきます。わからない点はその都度Slackの質疑で解決しましょう。③読書期間ののちの講義では、まず私の方から、その章の読解を示します。その上で、みなさんの読解や疑問や意見を取り上げつつ、議論を深めていきます。④講義の最後には、次週の読解範囲の前提となる知識やヒントを提供します。研究者としてベルクソンに付き合ってきた経験から、ベルクソンははじめてだという方も含め、参加者の誰しもがベルクソンのおもしろさに触れられるよう努めます。
第1回講義:2022年12月13日(火):20:00 - 21:30
ベルクソン入門。まずは、『創造的進化』という著作を理解するための前提を共有します。具体的には、「持続」の概念の解説や「変化」を捉えることの難しさといったベルクソン哲学の基本的なテーマを取り扱います。その上で、次回までの読解範囲の鍵となる「目的論」と「機械論」という二つの立場を導入します。
第2回講義:2022年12月20日(火):20:00 - 21:30
第1章「生命進化について―機械論と合目的性」読解。ベルクソンは、進化論を語る「目的論」・「機械論」の二つの陣営に対して哲学的分析を行いつつ、自らの立場として「心理学的解釈」という方法を打ち出します。ここを読解の軸として議論を行いましょう。ついで、次回までの読解範囲の内容の予習的な内容として、この方法論の魅力と限界とについて考えます。
第3回講義:2022年12月27日(火):20:00 - 21:30
第2章「生命進化の分岐する諸方向―麻痺、知性、本能」読解。先に紹介したベルクソンの方法論による、進化の具体的記述を検討します。「動物」の方向と「植物」の方向、「本能」の方向と「知性」の方向とに分岐していくわたしたちの生命の勢力図を眺めていきつつ、ベルクソンに固有な議論としての、生き物同士の「共感」という論点を理解します。歴史を探究する際のパラドクスにある種の解決を与えているという点で、極めて興味深い内容を含みます。 次回の内容は『創造的進化』で最も難しいといわれる第三章読解ですので、彼が第三章で扱う「認識論」的な問題の文脈を整理・共有します。
第4回講義:2023年01月10日(火):20:00 - 21:30
第3章「生命の意義について―自然の秩序と知性の形式」読解。お正月休みを挟んでの講義となります(あけましておめでとうございます!)。復習を挟みつつ、「知性」というわたしたちに特有な認識方法の限界を思考すること、そしてそれを相補する認識方法とともに生命を把握し、生命の「意義」を見通すことといった、大きなトピックに取り組みます。錯綜した議論が続きますが、『創造的進化』でのベルクソンの到達点はまさにここにあります。
第5回講義:2023年01月17日(火):20:00 - 21:30
感想戦。この回では読解範囲を定めません。これまでの議論を振り返り、参加者のみなさんからいただいた疑問や意見を取り上げます。自分には見えていなかった角度からの読解や疑問によって、読書はさらに深まっていきます。議論を通じて、われわれによる、われわれのための、われわれにしかできない『創造的進化』理解をまとめます。
京都大学で哲学研究を行っています、濱田明日郎と申します。
哲学の魅力は、私たちの思考の基礎そのもののリフレッシュを提案し、世界の見え方をガラッと変えてしまうところにあります。『創造的進化』はこの意味での哲学的な魅力に満ちた本です。じつは私自身、この著作を研究しながら、嬉しくてつい身の周りを見渡してしまうような、哲学的な驚きと喜びを、一度ならず経験してきました。難しい箇所もたくさんありますが、少しでもベルクソン哲学の魅力が伝わるよう、わたしにできる限りのサポートを行いたいと思います。みなさまのご参加を心よりお待ちしております。