終了済み講義
言いようのない無力感とともに、このように考えてしまうことがありませんか。「こうして私のやっていることも、結局は誰かによってやり尽くされているのではないか。私たちの未来の可能性は、もうすっかり先取りされ、すっかり使い果たされているのではないか」……。
およそ100年前、ある哲学者がこう述べていました。「私は[……]宇宙で続いていると思われる予見不可能な新しさの連続的な創造についてもういちど述べたい。自分のことを言えば、私はそれを絶えず経験していると思っている」……。(『思考と動き』、平凡社ライブラリー、141頁)。
この宇宙の可能性は尽くされているのではない。つねに何らかの新しいものがもたらされている!これこそが、フランスの大哲学者アンリ・ベルクソンが、1900年以降、積極的に主張する諸学説のコアとなるものです。
彼が哲学を試みた20世紀初頭、物理学・化学・熱力学といった諸科学の発展は著しいものでした。そしてこれら諸学説は、ある法則に従って原因から導き出される帰結としての宇宙という世界観を強化し、「新しさ」などというものが差し挟まる余地などないかのように、世界を構築していきました。
ベルクソンはそれでも、この宇宙にもたらされる〈創造〉を厳密な事実・経験として語ろうというのです。困難な課題ではあるのですが、ベルクソンは自身の哲学の方法を練り上げつつ、哲学や芸術の分野における〈創造〉を、概念とイメージを駆使して語っていきます。ベルクソンは、科学的なアプローチを十分に理解した上で、それに還元されない世界を再構築しようという、現代の私たちにも通じる20世紀以来の課題に、全力で取り組んでいます。
この講義では、まさにそうした課題に取り組んだ時期の小論・講演をとり集めた、『思考と動き』 (1934)という著作を読みます。ベルクソンの他の著作は、その先鋭的なアイディアを表現するため、どうしても難解なものになりがちです。しかし講演のベルクソンはそうではありません。比較的優しい語り口を採用し、目で追っているだけでいつのまにか説得されてしまう……そんな魅力のある文章に仕上がっています(上質な翻訳もその魅力を引き立てています)。そんな講演を集めたこの著作は、ベルクソンに入門するのにうってつけの本だと言えるでしょう。
科学と技術の世紀に、果敢に「創造」の問題を語り出す1900年以降のベルクソン。『思考と動き』の読解を通じて、彼の哲学的努力を一緒に追体験してみましょう! 哲学書に触れたことがない方でも、ベルクソンの思考の面白さとの出会いに貢献できるような講義を行う所存です。みなさまのご参加を心よりお待ちしております!
まとめますと、今回の『思考と動き』講義は、以下のような方におすすめできます。(詳しい内容は「各講義の内容」をご覧ください)。
—ベルクソンの哲学に入門してみたい方。
—哲学的な方法論に関心を持つ方。
—「芸術」、「作品」、「発明」の創造性・新しさに関心を持つ方。
※この講義は2021年3月-4月に行われた『思考と動き』講義のアンコール講義になります。前回の講義を受けておられた方も、是非再読の機会になさってください。私のベルクソンへの理解も、二年間というこの「持続」を経ていっそう深まっていますので、二度目の受講でもきっと「新しさ」を感じ取っていただけるはずです。
第1回講義:2023年08月09日(水):20:00 - 21:30
『思考と動き』は比較的読みやすい文章で書かれていますが、内容が易しいわけではありません。精読に必要な前段階として、用いられている哲学的概念についての解説を行います。哲学史的な重みを備えた諸概念―「可能」・「現実」という対概念や、「存在」・「無」・「無秩序」といった概念―の持つ含意を展開しておきましょう。
……とはいえ、難しく考える必要もまたありません。これらが長いこと論じられてきた概念だということは、むしろわれわれに身近すぎるほど身近な概念だということです。第1回はわれわれの日常的な世界の把握の仕方を改めて見直す、という回になるはずです。その意味で、この講義は〈哲学的思考〉のスタート地点になります。
第2回講義:2023年08月16日(水):20:00 - 21:30
第2回講義では、『思考と動き』第3章「可能と現実」の読解・議論を行います。
事前にSlackで共有された疑問・質問・提案・相談・意見・アイデア・雑談・事例などと相互作用しつつ、われわれの読み筋を構築していきます。
「可能と現実」のテーマはずばり「創造行為」、クリエイティヴな活動です。「『ハムレット』といった天才的作品が創造される時、どのようなことが起こっていたのか?」「われわれはその「新しさ」をどのように受け取ることができるのか?」といった問いに対して、「可能」と「現実」という対概念をフル活用して挑むことになります。その道中でわれわれは、日常的な「行為」や「意志」にまつわるふつうの思考習慣に変化を迫るような、スリリングな哲学の経験を味わうことができるはずです。
第3回講義:2023年08月23日(水):20:00 - 21:30
第3回講義では、第4章「哲学的直観」の読解・議論に入ります。
哲学という営みには、抽象的概念をピースとしたパズルを大昔からやっている、というイメージがついて回ります。もしそうであれば、みな似たようなピースでパズルを繰り返しているわけだから、主義A+主義B=主義C といった足し算・引き算で得られるものが哲学の全体像だということになるでしょう。しかし、そんなものは「盛り合わせサラダ」(!)でしかない、とベルクソンは述べ、むしろ単純な〈直観〉をこそ重んじる哲学の手法について語ります。この手法は、パズルのピースそのものを作り直すことを要請するでしょう。
「哲学的直観」は、この特殊な方法によるベルクソンなりの〈哲学史〉の読み方も提示しています。そこで、今回の講義では、大量の情報を「まとめ」て効率よく摂取することがほとんど日常となったわれわれにとっても、極めてアクチュアルな問題が取り扱われることにもなります。つまりこうです―「人類にとってますます重くなる「知の蓄積」といかに向き合うのか」。
第4回講義:2023年08月30日(水):20:00 - 21:30
第4回講義では、第5章「変化の知覚」の読解・議論に入ります。タイトル通り、何らかの「変化」をわれわれが「知覚」することを取り扱います。パッとしないテーマとも見えますが、「変化の知覚」に立ち返ること、それこそがベルクソンにとっての〈哲学〉に他なりません。彼にとって哲学とは結局どういう営みなのでしょうか?
講義では、カントの『純粋理性批判』に対するベルクソンの態度など、避けては通れない文脈について確認します。その上で、「芸術」「記憶」「生命」「時間」について超スピードで論じていく、実にベルクソンらしい議論を追跡します。
第5回講義:2023年09月06日(水):20:00 - 21:30
第5回講義では、第6章「形而上学入門」の読解・議論に入ります。講義の最終回にふさわしく、他のものと比べればヴォリュームもあり、凝縮された文体で専門性の高い議論が続きます。しかし第1回~第4回の蓄積があれば、きっとずいぶん読みやすくっているはずです。
「絶対」や「無限」といった語の再検討、「要素」と「部分」の違いの提案、「傾向」による説明、「緊張」と「弛緩」というイメージの提供などなどを通じて、ベルクソンは既存の概念に彼なりの意味を込め直し、彼の学説を代表するアイデアである「持続」の実在を論じていきます。当時のベルクソンが惜しむことなく理論的成果を盛り込んだ、とても豊富な論文です。
以上の講義にて、〈哲学〉と呼ばれる営みの面白さ・スリリングさ、その分野の持つ魅力的なアイデアをお伝えしていきたい所存です。
京都大学大学院博士後期課程の濱田明日郎と申します。
ベルクソンの哲学に惚れてしまって、気づけば博士課程に進学していました。哲学書に触れたことがない方でも、ベルクソンの面白さとの出会いに貢献できるような講義を行う所存です。みなさまのご参加を心よりお待ちしております!