終了済み講義
この講義では、20世紀後半のフランスを代表する作家、マルグリット・デュラスによる名作『愛人/ラマン』(1984年)をゆっくりと読み解いていきます。
漫画家の高浜寛によってコミック化もなされたように(リイド社、2020年)、『愛人/ラマン』は日本でもとても人気の高い文学作品の一つです。また原作よりもジャン=ジャック・アノー監督による映画(1992年)のほうを思い出される方が多いかもしれません。今でも世界中で読み継がれ、語り直されているこの作品を、ここで一緒にじっくりと読み返してみませんか。
作者のマルグリット・デュラスは1914年にフランス領インドシナ(現在のベトナム)に生まれました。『愛人/ラマン』といえば白人の少女と華僑の青年による、エロティックでスキャンダラスな官能小説というイメージを持たれることがあります。確かにそういう側面は大きいのですが、しかし本作にはそれだけでなく、当時15歳半のデュラスが体験したという植民地での様々な出来事や感情が書き記されています。
この講義ではその中でも、「この場所や環境からどうにか抜け出したい」「与えられた自分ではなく別の自分になりたい」といった脱出の願望と、それが叶わないという悶々とした感情を基本テーマに据えて、それに沿って『愛人/ラマン』を通読していきたいと思います。皆様のコメントやご質問も反映しつつ、本作が書かれた当時の背景知識や、デュラスの他の作品にも触れながら講義を進めていきます。
本作の持つ独特なフランス語の雰囲気もできるだけお伝えするようにしますので、原文の感触も掴みながら本作を読んでみたい方や、フランス語を習い始めたという方にもぜひご参加いただければと思います。どんな作品か全く知らないという方はもちろん、名前は知っているけれど手に取ったことがなかったという方、さらにはもう一度読み返してみたいという方まで、皆様のご参加を心よりお待ちしています。
*今回は、清水徹訳、『愛人/ラマン』、河出文庫(1992年)を使って講義を進めていきます。
第1回講義:2023年09月08日(金):20:00 - 21:30
『愛人/ラマン』は必ずしも難解な本ではないのですが、物語の筋が掴みづらかったり、結局何が言いたいのかよく分からなかったりと、多くの読者を「苛立たせる」かもしれない作品ではあります。 第1回ではイントロダクションとしてフランス文学の大きな流れや、デュラスの生い立ち、作品の特徴などの背景を確認していきます。またデュラス本人が出演している映像を一緒に見ながら、デュラス独特の喋り方や佇まい、声の雰囲気を掴んでいきます。その中でデュラス作品の持つスタイルやクセを見つけつつ、ぼんやりとしていて掴みどころのない『愛人/ラマン』の楽しみ方を考えていきます。
第2回講義:2023年09月15日(金):20:00 - 21:30
『愛人/ラマン』(河出文庫)の7ページから52ページの切れ目までを読みます。 この部分から、少女の「現状から抜け出したい」という切実さと、「しかし抜け出すことができない」という悶々とした感情を探っていきます。 そこで重要なポイントとなるのは、本作で何度も示される欠如態の「映像(イマージュ)」と呼ばれるものです。語り手はメコン河を渡る自身の姿を、撮影されなかった写真というように表現しています。こうした表現や場面について、20世紀フランスのイマージュ論や視線についての議論も簡単に確認しつつ、デュラスの他の作品も参照しながら考えていきます。
第3回講義:2023年09月22日(金):20:00 - 21:30
52ページから113ページの切れ目までを読みます。 ここで扱いたいのは植民地問題です。 とはいえあくまでもデュラス作品におけるモチーフとしての植民地です。人種や生まれ落ちた場所、ないし家族は自分の意思では変えることができません。アジアの植民地に貧乏な白人として生まれた本作の少女にとって、これはより複雑な形で重くのしかかる問題です。 それに対して少女が裕福な中国人青年と密かに通う「ショロン地区の連れ込み部屋」は、普段の生活とは異質の場所となっています。 デュラス作品における「家」や「部屋」といったモチーフの重要性も確認しながら、人間と場所の切っても切れない関係を考えていきます。
第4回講義:2023年09月29日(金):20:00 - 21:30
113ページ終わりから最後の185ページまでを読みます。 デュラス作品には一つの作品の中に、小さな部屋や特定の場所のような限定的な空間と、世界全体に広がる無限の空間の両極端を見出せるものが多くあります。『愛人/ラマン』もその一つです。 『愛人/ラマン』の冒頭ではメコン河を渡っていた少女が、最後にはインドシナとフランスを隔てる計り知れない大海原を渡っていきます。そのとき彼女は何を発見するのでしょうか。そして私たちはその発見にどのような意味を読み解くことができるのでしょうか。
こんにちは、馬場智也と申します。京都大学大学院で主に20世紀のフランス語文学を研究しています。
現在はベルギーのフランス語文学に関心を寄せており、人間と住居の関係や「住む」とはどういうことかというテーマについて、残念ながら日本ではほとんど知られていないベルギー人作家たちの作品を通して考えています。
その他にも「上海フランス租界」についての共同研究に協力し、戦時中の上海で活躍したフランス人ラジオパーソナリティーとフランス人神父の関係について、当時の文献を読み解きながら考察した論考もあります。このようにフランス本国だけでなく、フランス語圏という広く特異な空間に興味を持っています。
フランス領インドシナ(現ベトナム)生まれのマルグリット・デュラスは、私にとって何度も何度も読み返したい作家の一人です。読むたびに新しい発見があり、作品が違う風に見えるときもあります。今回の講義は、これまでデュラスについて書いてきたいくつかの論文の内容を発展させながら行いますが、しかし何よりもまず参加者の皆様と有意義な読書体験が共有できればとても嬉しく思います。一人でも多くの方がデュラスのファンになり、またデュラスの別の作品も発見していくきっかけとなれば幸いです。