終了済み講義
人新世と呼ばれる新しい地質年代が叫ばれて以来、私たちの生活において何か根本的な変革は起きたでしょうか。あるいは、コロナ以前の生活を取り戻そうとする昨今ですが、これでよいのでしょうか。地球温暖化はわたしたちに重くのしかかり、戦争も目の当たりにしています。これまで考えもしなかったことが次々に起こっているのです。こうした状況からすれば、「わたしたちは、すべてを再考したほうがいい」というティモシー・モートン氏の言葉も心に響いてきます。また今道友信氏の言葉を借りれば、こうした状況においては、「ただ生き残るのではなく、やはり人間らしい品位をもって生き残る、つまりよく生きること」がますます重要となるでしょう。しかし、そうは言うものの、「よい」ことつまり「善」をどのように考え直したらよいのか分からない、と多くの方は思われるかもしれません。そうした方々に指針を与えてくれるのが倫理学です。
現代の倫理学には、大きく分けて、功利主義、義務論、徳倫理という代表的な立場があります。これらの三つの倫理学説には多くの著作や論文があり、研究者の間ではいまでも熾烈な論争があります。ですから細分化された難解な専門領域があるわけです。しかしそうだとしても、倫理学の立場の基本的な大枠を知ることはできますし、専門以外の人もその大枠に触れて、それを日々遭遇する問題にたいする思考の導きの糸にすることもできます。そこで、今回の講座では、それぞれの倫理学の立場を概観し、かつ、環境や社会における問題とも接続してくれる吉永明弘/寺本剛編『環境倫理学』昭和堂、2020年を扱うことにしました。
本書は、第一部「倫理思想と環境問題」においては上記の三つの倫理学の立場(功利主義、義務論、徳倫理)を、第二部から第四部にかけては「自然」、「社会」、「地域」とかかわる環境倫理学的なテーマに取り組んでいます(詳細は目次をご覧下さい)。全体としては、平易にわかりやすく書かれており、章ごとにアクティブラーニングもあります。本書はまさに「よい」を整理して理解し、実際に使う訓練にはうってつけの書籍です。
今回の講座では、第一部に焦点をしぼってそこを丁寧に解説していきたいと思います。もっとも基本的な「善い」の意味を理解するためです。もちろん、第二部以降にも関連がある限りで紹介していきますので、ご興味をもたれた方は、そのつど紹介したところを読んでいただければ、うれしく思います。また、章末にある文献紹介を参考にして、古典に手を伸ばしていただければ、本講座の役目は十分に果たせたことになります。別の言い方をすれば、今回のわたしの講座は、今後のより発展的な内容へのひとつのステップとなるものです。本書の第二部以降はもちろん、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』、アルド・レオポルドの『野生のうたが聞こえる』、ピーター・シンガーの『動物の解放』などの古典を今後読むための準備段階と位置付けられます。
第1回講義:2023年01月12日(木):20:00 - 21:30
人新世をキーワードに時代状況を概説し、また本書の特徴をご紹介します。
第2回講義:2023年01月19日(木):20:00 - 21:30
「第1章 功利主義と環境問題」を扱います。ここで、功利主義の基本的な発想を押さえるとともに、NIMBYなどのより具体的内容を俎上にあげながら、功利主義の問題点などを理解していきます。
第3回講義:2023年01月26日(木):20:00 - 21:30
「第2章 義務論と環境問題」を扱います。功利主義と対比しつつ、義務論の基本を押さえていきます。人間を中心にしている議論ではありますが、その射程は広げられるのか、動物の倫理とのかかわりに触れてみる予定です。
第4回講義:2023年02月02日(木):20:00 - 21:30
「第3章 徳倫理学と環境問題」を扱います。徳倫理学は、功利主義や義務論とは異なり、まだそれほど多くの方に知られていないようにも思われますので、その基本的な発想をご紹介します。
第5回講義:2023年02月09日(木):20:00 - 21:30
「第7章 世代間倫理」を扱います。ここでは「将来世代」をキーワードにして、そこから見えてくる、わたしたちの現在のありかたをどのように考えたらよいのかを押さえていきます。
はじめまして。竹中真也(たけなかしんや)と申します。17世紀から18世紀にかけての西洋哲学をおもに研究してきました。とりわけ力を注いできたのは、バークリの精神の哲学を解明し、彼の哲学の全体像を描き出すことです。近年は、食農や環境や科学技術の哲学に関心が広がっております。例えば、ポール・B・トンプソンの農業哲学を手がかりにして、農業という複雑な営為を分析したり、人新世以降の環境哲学をティモシー・モートンに基づいて研究したり、ARやVRなどの最新技術によって生じる新たなリアリティ概念がいかなるものかを検討したりしています。
これまで、大学生にとどまらず、小学生や社会人の講座で、哲学を紹介してきました。哲学にはたしかに難しいところもありますが、哲学者の議論を丁寧に追思考することは、スリリングでもあります。また、みなさんが自分一人で考えているけれども、うまく言葉にならないもやもやした感情や思考があると思います。哲学者はそれを見事に言い当ててくれます。そういう哲学ならではの経験をするお手伝いができれば幸いです。この講座では、テキストを中心に、哲学者が切り開く豊かなものの見方を楽しみましょう。よろしくお願いします。