終了済み講義
最終的に36名の方にご参加いただいた昨年10月の講義の続編となるこの講義では、五週間かけてみなさんとアメリカの哲学者スタンリー・カヴェルの代表的著作の一つ、『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』(原書:1981年)の後半部(具体的には、第四章から第七章)を読んでいきます。初回は、前半を扱った昨年の講義に参加いただいていない方向けに、主にカヴェル思想の要点と序章の内容を紹介した講義動画を再編集したものを視聴いただきます。第2回目以降は毎回50ページほどのペースで本を読み進めつつ、毎回1本の映画を同時に扱います。前回の講義に参加いただいた方は、2回目からの受講をお願いします(料金については、資料末尾をご参照ください)。
主にハリウッド映画について論じたカヴェルのテクストは、映画を理論的に分析した学術的なものというよりは、アメリカ人としての彼の個人的な経験や記憶と強く結びついた、哲学的エッセイの要素を強く持っています。それゆえ、ややとっつきにくい印象を持たれがちである一方で、どちらかといえば研究よりは映画批評に通じるような、非常に独創的な記述に溢れており、読めば不思議と元気が湧いてくるような内容となっています。本講義では、飛躍や脱線を数多く含むようにも見える彼の文を素直に読んでいくなかで、みなさんがカヴェルの思想や文体の魅力を見出すきっかけを少しでも提供できればと考えています。
そんなカヴェルが映画を論じた何冊かの著作は、欧米ではジル・ドゥルーズらと並ぶきわめて大きな影響力を有する哲学者の映画論として、現在まで盛んに論じられてきました。また、彼の議論は映画研究の文脈を超えて、美術批評家のマイケル・フリードや、テレンス・マリックやアルノー・デプレシャン、ダルデンヌ兄弟といった現役の映画監督たちの活動をおおいに触発してきたことでも知られています。しかし、映画というメディウムの特徴や「映画の存在論」を論じた哲学書である『眼に映る世界』(1971)を除いて、具体的な映画作品を論じた書籍がこれまで翻訳されてこなかったことから、日本ではこれまでカヴェルの議論に十分な注目が集まってきたとは言えない状況にあります。
カヴェルにとってはじめての映画作品を中心的に論じた著作である本書『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』は、『レディ・イヴ』(1941)、『或る夜の出来事』(1934)、『赤ちゃん教育』(1938)、『フィラデルフィア物語』(1940)、『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)、『アダム氏とマダム』(1949)、『新婚道中記』(1937)を「映画芸術の歴史における一つの到達点」として評価し、その意義を考察した一冊です。この本でカヴェルは、通常「スクリューボール・コメディ」として知られるこれらの作品を「再婚喜劇」という独自のジャンルカテゴリーを設けて提示しています。
カヴェルは、一度仲違いしたカップルが再び結ばれる、かつて「元サヤ」と呼ばれた展開を共有するこれらの再婚喜劇映画に、ラルフ・ウォルド・エマソンやルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの思想との類縁性、さらには映画作品に対峙する観客のあり方とも重なるものを見出していきます。こうした彼の特異な文体の魅力をみなさんと共有しながら、具体的な作品解釈や彼の議論への意見を交換し、考えを深めていければと思います。
本書刊行に続き、内容的に対をなす『涙の果て——知られざる女性のハリウッド・メロドラマ』(中川雄一訳、春秋社)の日本語訳もまもなく出版されることで、今後カヴェルの映画論をめぐる日本語圏の議論は、間違いなく盛り上がっていくと思われます。今回は、同作との関連についても要所で言及しつつ、今なお新鮮な『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』後半部の内容をなるべく噛み砕いてお伝えできるように努めたいと考えています。
本講義は、本書やカヴェルの議論、あるいはロマンティック・コメディ映画や映画論全般に関心を持つ方に加えて、哲学や現代思想に興味がある方、パートナーとの関係がうまくいっていない方などに受講をおすすめします。ふだん映画は観るが映画批評はそれほど読まない方、逆に哲学書は読むものの映画はあまり観ないといった方も歓迎します。著作および講義内容や登場する映画、人物に関する質問は、些細なものでも随時Slackにて受け付けます。積極的なご参加をお待ちしております。
使用テクスト:『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』(石原陽一郎訳、法政大学出版局、2022年)を使用します。第2回以降には各回1本の映画(『フィラデルフィア物語』、『ヒズ・ガール・フライデー』、『アダム氏とマダム』、『新婚道中記』)を扱いますが、それらの作品については、現在DVD版だけでなく配信でも閲覧可能となっておりますので、適宜ご参照ください。(参照 https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-01144-3.html
また、必ずしも読了の必要はありませんが、日本語で読めるカヴェルを論じた入門的なテクストを中心とする関連文献や、今回扱う映画についてカヴェルが執筆した本書とは異なる短めのエッセイについても、随時講義内でご紹介します。
第1回講義:2023年03月06日(月):20:00 - 21:30
*初回講義は、22年に開講した本書の第一回及び第二回講義の前半部分を動画として配信いたします。
*ライブ講義はありません。
初回ではまず、『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』の著者スタンリー・カヴェルの経歴や思想について簡潔に紹介します。コメディやメロドラマといったジャンル映画を論じつつ、同時にラルフ・ウォルド・エマソンやルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの思想を独創的に再解釈する、多岐にわたるカヴェルの議論を貫く問題意識についてお話しした上で、「序」の要点を確認していきます。「再婚喜劇」というジャンルの概要を中心に内容をまとめながら、受講者の方々が今後本書を読み進めていく上で注意してもらいたい点、意識してほしい点を、具体的に提示します。できる範囲で結構ですので、「序」を読み進めた上で動画を視聴いただけると幸いです。
第2回講義:2023年03月13日(月):20:00 - 21:30
第2回からはzoomを使用したオンライン講義となります。諸事情によりオーストラリアからの中継となるこの回では、最新の非常にわかりやすいカヴェル入門書としても読める古田徹也『このゲームにはゴールがない』について簡単に紹介した上で、受講者の方々からの質問や疑問点を取り上げつつ、順を追って第4章の内容を確認していきます。『フィラデルフィア物語』(1940)末尾の写真撮影場面をめぐる解釈を詳しく検討するなかで、写真と映画というメディウムの差異に注目します。また、補足として同映画について書かれたカヴェルの別のテクストの内容を簡単にご紹介する予定です。
第3回講義:2023年03月20日(月):20:00 - 21:30
第3回では、受講者の方々からのコメントを取り上げつつ前回までの内容を振り返った上で、第5章の内容を議論します。シェイクスピア喜劇やエマソンの思想との関わりについても言及しつつ、名作『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)における執行猶予をめぐる演出を、われわれ観客と映画との関係に重ね合わせるカヴェルの議論の独自性について考えます。
第4回講義:2023年03月27日(月):20:00 - 21:30
第4回では、まず受講者の方々から寄せられた疑問や指摘についてともに考えたのち、『アダム氏とマダム』(1949)について論じた第6章を読んでいきます。その古さゆえに、当然ながら部分的に保守的な男女観にとらわれた描写も散見される本書で論じられる映画群のなかで、平等に働く夫婦の会話劇である本作は、個人的には現在の視点から見てもっとも違和感なく観ることができる一本のように思えます。カヴェルが注目した法廷と寝室、二つの空間で展開される会話の質の違いにも注目しながら、同作品の魅力に迫っていきます。
第5回講義:2023年04月03日(月):20:00 - 21:30
第5回では、改めてみなさんからの質問やコメントに応答した後で、『新婚道中記』(1937)を論じた第7章を読みます。こちらも近々邦訳出版が予定されているという主著『理性の主張』における議論や、エマソン、ソロー、ニーチェの思想とこの映画を関連づけるカヴェルの議論を追いながら、最後に改めてみなさんと本書の面白さについて議論します。
はじめまして。冨塚亮平と申します。専門は19世紀以降のアメリカ文学、および文化です。
これまでは主に、19世紀中頃に活躍した思想家・詩人のラルフ・ウォルド・エマソン(Ralph Waldo Emerson, 1803-1882)について研究してきました。現在は、哲学者スタンリー・カヴェル(Stanley Cavell, 1926-2018)など、その他の書き手にも関心を広げています。また、19世紀から現代に至るアメリカ文学や映画についても広く関心を持ち、いくつかの媒体で論考を発表しています。
本講義では、映画を観ることと作品について書かれた文を読むことを往復しつつ、少しずつカヴェル独自の文体や思想に接近できればと思います。その際、アメリカ文学についての知識がさほどない場合にはなかなか文脈を捉えるのが困難であろうと思われる、エマソンやヘンリー・デイヴィッド・ソローらへの言及について、なるべく具体的に噛み砕いて説明することを意識しつつ講義を行っていきます。
世代を問わず、多くの皆様のご参加を心よりお待ちしております。