終了済み講義
本講義では、永井均の『転校生とブラック・ジャック』を取り上げます。本書は、魅力的な思考実験をとおして〈私〉をめぐる問題に迫る本格的な哲学書です。
本書であつかわれる思考実験は、たとえばこんな感じです…
私は、ある転送装置によって火星へ向かいます。この転送装置は、地球にいる私の身体をスキャンして、身体そのものは消滅させ、その情報だけを火星に送信します。そして、データを受け取った火星側の装置が、データを元にそこにある物質から私をつくりあげます。
さて、この装置で、私は本当に火星へ転送されたことになるのでしょうか。ここで、さらに困惑させるような一歩が付け加えられます…
この転送装置が不具合を起こしてしまいます。スキャンは成功し、火星側で無事に私がつくりあげられましたが、システムエラーによって地球上の私の身体は消滅されずに残ってしまいました。地球上に残された私と、火星側で構築された私。二人は通信装置によって会話をすることもできます。
このとき、どちらがいったい本当の私になるのでしょうか。世界はどの私から開かれていることになるのでしょうか。本書は、こうした思考実験を元に先生と12人の学生たちが議論を交わす対話形式で進んでいきます。
本書は、ライトな書名とは裏腹に、本格的な哲学書となっています。日本哲学史における名著TOP5に入ると言ってもいいぐらいの本です。ページをめくるたびに左脳を拗じらせ、唸りながら読み進めることになるでしょう。12人の学生たちがつぎつぎと発言をするたびに、問題は新たな次元へと送られていくことになります。本書は、ひとつの明確な主張が端的に示されたものではありません。そこには、さまざまな思考の糸がつくりあげる緊張関係のようなものが残されています。ぜひいっしょに読み解いていきましょう。
【本講義の効能①】〈私〉という哲学的謎にはまり込む。 この世界にはたくさんの人間がいて、それぞれが痛かったり、悲しかったりといった内的な感覚をもっています。しかし、そのうち本当に痛かったり、悲しかったりするのは、なぜかこの私だけです。永井はこうした意味での私を〈私〉と呼びます。でも、ここで多くの人は「それぞれの人間たちがそうした意味での〈私〉である」と理解してしまいがちです。そうではない、というのがポイントです。そのように複数化された私のうち、それでも本当に痛かったり、悲しかったりするのは、この〈私〉だけです。世界は、なぜそのようなあり方をしているのでしょうか…
【本講義の効能②】本当の哲学的議論を体感する。 本書は、先生と12人の学生たちが議論を展開する哲学対話として書かれています。世に出ている多くの対話篇は、学生が先生に対して予定調和的な質問をして、先生がそれを難なく回収していく、といった感じで進んでいきます。つまり、緊張感がまったくなく、対話篇で書かれる必然性もほとんどないのです。しかし、本書はそうしたものとはまったく異なります。議論に緊張感があり、学生が先生の見解とは異なる哲学的な方向性を独自に深めていったりします。本書は、理想的な哲学的議論のあり方が示されていると言えます。
第1回講義:2023年03月07日(火):20:00 - 21:30
永井哲学の核となる議論を紹介します。永井は、本書以前・以後にも多くの著作を書いています。そのなかから、本書を読解する上で知っておくと良い概念を紹介したいと思います。また、入不二基義による永井哲学の発展的な読解についても紹介します。『現実性の問題』(筑摩書房、2020年)、『〈私〉の哲学をアップデートする』(春秋社、2023年)を参照します。私の自己紹介も兼ねて私自身の哲学的関心についてもお話ししたいと思います。
第2回講義:2023年03月14日(火):20:00 - 21:30
以下の箇所をあつかいます。
第1章「人称の秘密─デカルト『省察』からの逸脱的セミナー」
第2章「私的規則の本質─Dのレポート」
デカルトの『省察』に出てくる夢の懐疑・悪霊の懐疑を題材に議論が進んでいく箇所です。
第3回講義:2023年03月21日(火):20:00 - 21:30
以下の箇所をあつかいます。 第3章「「転校生とブラック・ジャック」─本文の提示と、それをめぐる短いセミナー」 第4章「なぜぼくは存在するのか─Eのレポート」 終章「解釈学・系譜学・考古学」
太郎と次郎がぶつかって入れ替わってしまう、という思考実験を題材に議論が進んでいく箇所です。終章の「解釈学・系譜学・考古学」もあつかいます。コンパクトな文章でありながら、解釈学→系譜学→考古学とダイナミックに視点が移行していくスリリングな論考です。
第4回講義:2023年03月28日(火):20:00 - 21:30
以下の箇所をあつかいます。 序章「火星に行った私は私か」 第5章 セミナー1「火星への遠隔輸送は可能か」 第5章 セミナー2「デカルトはカントを超える?」
火星への転送装置の思考実験を題材に議論が進んでいく箇所です。本書の中心的な議論が展開される箇所で、「独在性原理」vs「統覚原理」という対立が出てきます。
第5回講義:2023年04月04日(火):20:00 - 21:30
以下の箇所をあつかいます。 第5章 セミナー3「独在性とは何か」 第6章「中心化された可能世界─Fのレポート」 第8章「記憶の変化は記憶できない─Gのレポート」
第5章の続きと、学生FとGのレポートをあつかいます。
現代哲学の研究をしている、飯盛元章(いいもり・もとあき)と申します。私は学部生の頃(2000年代前半)、永井均さん、入不二基義さん、野矢茂樹さんといった方々の本を読んで哲学の面白さを知り、その後、大学院に進学しました。本書もそうした本のうちの一冊です。ゼロ年代は、哲学入門書の黄金時代でした。講談社現代新書、選書メチエ、ちくま新書など、哲学関係の入門書を読み漁った記憶があります。本書に関しては、大学院に入ってから大厩諒君といっしょに読書会をしたりもしました。何度読んでも新たな発見がある素晴らしい哲学書です。ぜひいっしょに読み解いていきましょう!