終了済み講義
今から約400年前、現代科学の礎が築かれた科学革命の時代、ルネ・デカルト(1596–1650年)という天才が、新たな哲学を打ち立てるために奮闘していました。この講義では、そのデカルトが公刊したなかでも最大の著作『哲学原理』(1644年)を4週間かけて一緒に読み進めていきます。
私たちは普段たくさんの物事を経験しながら生きています。今朝飲んだコーヒーの苦味、外出先で出会った犬、帰り道どこからか漂ってくる美味しそうなカレーの匂い…。どれもこれも私たちの感覚を通して経験されたものです。そうして経験されたものを私たちは当然のように受け入れていますし、ときにはそこに幸福を見出すこともあります。けれども、本当はそれらがすべて夢かもしれないとしたらどうでしょう。私たちは、自分たちが経験する「この感覚」をなぜ夢ではないと言い切ることができるのでしょうか。
デカルトもまた文字通り全てを疑うことから始めました。その懐疑の破壊力は強力なもので、思考に到来するあらゆる事柄を一旦括弧にいれて、不安定な足場に自らを置くことになります。そのような懐疑を乗り越えてこそ、揺るぎない〈形而上学=第一哲学〉を打ち立てることができるとデカルトは考えたのです。
さて、今回扱うのは『哲学原理』第1部です。この著作は全6部構成で執筆される予定だったといわれていますが、実際に公刊されたのは第4部までとなっており、第2部以降は基本的に自然学に関する記述が中心となります。対して、第1部は、デカルトがそれ以前に公刊していた『方法序説』(特に第4部)や、『省察』で提示された形而上学を中心とした内容となっています。
デカルト自身が述べているように『哲学原理』は、自身の哲学を教えるために書かれた教科書的著作であり、『省察』で提示された形而上学の要約としての位置づけをもっています。ですが、また本人が別の書簡で述べていることなのですが、両者は異なるスタイルで書かれており、逆に『哲学原理』において明確になる独自の内容も多く含まれていることでしょう。
他の哲学書もまたそうであるように、『哲学原理』は簡単な著作ではないと思います。とはいえ、そういった著作に自らの手で挑戦すること自体が貴重な経験となるでしょう。また、私は講師として皆さんの読書を全力でサポートしたいと思っています。各回講義での解説はもちろん、講義の時間外もSlackを用いて質問やコメント等のやりとりを行いますので、ぜひ勇気をもって参加していただければと思います。
みなさんのご参加をお待ちしています!
※ 岩波文庫『哲学原理』の邦訳をメインで用いる予定ですが、中公クラシックスやちくま学芸文庫、デカルト著作集などでのご参加も問題ありません。各自手に入れやすいものをご用意の上ご参加いただければと思います。
第1回講義:2023年03月19日(日):20:00 - 21:30
イントロダクションとして当時の哲学の状況やデカルトという人物の概要をお話した上で、「仏訳者への著者の書簡」について解説します。デカルトが『哲学原理』を通して何を企てようとしていたのか、初回で確認しておきましょう。
第2回講義:2023年03月26日(日):20:00 - 21:30
第1節から第23節を扱います。有名なデカルトの懐疑から出発し、最初に発見される「私」と、続いて私以外のものとして第一に認められることになる「神」について議論します。17世紀哲学に特徴的な「神」の立ち位置についても確認していきましょう。
第3回講義:2023年04月02日(日):20:00 - 21:30
第24節から第46節を扱います。私たちが真であると判断するさいの基準として「明晰判明」であることが必要になることが明らかになっていきます。同時に、私たちが経験する誤謬の起源についても考えます。
第4回講義:2023年04月09日(日):20:00 - 21:30
第47節から第65節を扱います。また、皆さんからご意見をいただいた上で、前回までの内容について部分的に補足を加えていきます。今回の範囲では、精神的実体と物体的実体が実在的に区別されることが明らかになっていきます。そのなかで「区別」そのものについての考察も行われます。
第5回講義:2023年04月16日(日):20:00 - 21:30
第66節から第76節を扱います。また、第4回同様に、これまでの部分で理解が不十分だった箇所を振り返り補足します。今回の範囲では、どのように思考すれば誤りを避けつつ、哲学を押し進めることができるのかについて考えていきます。
こんにちは、三浦隼暉(みうらじゅんき)と申します。東京大学大学院で哲学を研究しています。普段は大学の講師として学生さんたちに哲学を教えたりもしています。The Five Books での講義も今回の『哲学原理』で11回目となりました。
私が目指しているのは「哲学は留保なしに愉しい」と感じてもらえるような講義を作ることです。一緒に哲学書を紐解くことで、そのような愉しさを経験するお手伝いができればと考えています。最後に、私の恩師が残した言葉を送ります。「本は一人で読むものですが、ときには窓を開けて一緒に哲学をしましょう」。