終了済み講義
哲学のみならず、自然科学・人文科学・芸術といった広いジャンルに世界的な影響を与えた20世紀フランスの哲学者アンリ・ベルクソン(1859-1941)。この講義では、彼のデビュー作である『時間と自由』こと『意識に直接与えられたものについての試論』を1ヶ月で読みます。
デビュー作とて侮るなかれ。優れた作家は最初の著作ですでにその特異性を丸ごと体現することがありますが、ベルクソンもその例外ではありません。彼の哲学が常に立ち返る概念である「持続」、そして生涯のテーマともいえる「自由」、ベルクソンの哲学の固有性を成す「問題の解消」(≠解決)という方法論、これらがすべて、この『時間と自由』に書き込まれています。
この講義では、『時間と自由』第3章にフォーカスを当て、自由の問題に直接切り込むことにします。自由——改めて考えてみれば、わかったようでわからない、不思議な概念です。自由とは何か? 一つの答えは、「自分の行為を自分で決めた」とき私たちは自由だ、というものです。でもその「自分」とは? それは結局のところ、これまでの知識や経験の総体でしかなく、自分の行動を決めたのも、そうした「要素」にすぎないのではないか。そもそも、人間の行為は脳が全て決定しているのだから、結局「自分」や「自由」なんてどこにもない——云々。こんな「よくわからない」ものが、それでも人間にとって何か重要なものとして感じられ、語られ続けているわけです。
自由に関するベルクソンの意見は、結論だけを示せば、以下のようなものです——自由の問題なるものはわれわれの作った錯覚である。そうした自由の問題が解消されてしまえば、「自由は一つの事実であり、確認される数々の事実のうちでも最も明白な事実である」(ちくま学芸文庫、241頁)。「事実」? それも「最も明白な」? どうしてそんなに力強いことが言えるんでしょう?
この講義では、これが単なる「言いっぱなし」なのではなく、哲学史上においてなされてきた様々な論争と挫折を乗り越える、独特な方法のもとで、厳密な仕方で述べられたものであることを確かめます。そしてこの「事実」の持つ、非常に、非常に豊かな側面を、ベルクソンの読解を通じて追跡・追体験することを試みます。
そこでわれわれは、(現代の「分析哲学」と呼ばれる潮流のものも含む)自由の哲学史も参照しつつ、時にはハードな議論にも立ち入ります。しかしそうした議論を乗り越えた先でしか見ることのできない景色があります。
とはいえ構えることもありません。「どこまで行けるかを知る方法は一つしかありません。それは出発して歩くことです」とはベルクソン自身が述べたことです(『精神のエネルギー』)。とにかく、一緒に読みはじめてみましょう。
初めて哲学書を読む方も、他の哲学書では何か物足りなかった方も、どうぞふるってご参加ください。全力でサポートさせていただきます!
*本講義ではいわゆる『時間と自由』の邦訳としては、ちくま学芸文庫版の『意識に直接与えられたものについての試論——時間と自由』(合田正人・平井靖史訳)を用いますが、『時間と自由』(岩波書店 中村文郎 訳))など、お手持ちの他の訳書でご参加いただいても構いません。
*本講義は昨年開催された『時間と自由』講義のアンコール講義となります。リクエスト多数につき、このたび再び開講させていただく運びとなりました。今回の講義には、深みのある内容を明快に説明するための種々のアップデートを加えていく予定です。前回の『時間と自由』講義にご参加いただいた方も、ぜひ再読の機会にご利用ください。
第1回講義:2022年07月02日(土):20:00 - 21:30
イントロダクション——初回の講義では読解の準備作業を行います。ベルクソン自身について簡単に紹介を行い、『時間と自由』及び『意識に直接与えられたものについての試論』という謎めいたタイトルについて一考したのちには、「自由」に関する哲学的議論についての現代的な整理を行いつつ、『時間と自由』第3章の「導入」としての第1章・第2章の議論について、手短に要約します。
第2回講義:2022年07月09日(土):20:00 - 21:30
決定論の諸相(pp.160-194)——装備は整いました。出発しましょう。第3章を1/3ほど読み進め、「決定論」の立場と、それに対して自由を擁護する立場の論争状況を確かめるとともに、それらには解消されない、ベルクソン自身の「自由」に関する立場を見極めます。専門的な議論が続きますが、参加者のSlack上でも随時質問を受け付けつつ、皆さんの読書を全力でサポートさせていただきます!
第3回講義:2022年07月16日(土):20:00 - 21:30
「分岐図」のイメージと未来(pp.195-219)——ここでは、自由を表現するイメージについて考えます。批判的な対象となるのは「分かれ道」のイメージ、分岐図のイメージです。「分岐点に立ってAかBかを思い悩み、どちらかを選択する」。たいへん常識的なこうしたイメージの批判を通じて、ベルクソンは未来の「予想」の可能性に関する独特な議論を展開します。さまざまに応用が効くような「おいしい」哲学的議論ですから、Zoom授業という特性を生かしつつ、さまざまなトピックについて議論が行えたらと考えています。
第4回講義:2022年07月23日(土):20:00 - 21:30
「因果」の概念。小括(pp.219-243)——第3章を読み終えます。ベルクソンは、これもきわめて日常的なものである「原因」と「結果」の概念についても批判的に切り込み、その常識を揺るがしていきます。自然科学や数学における秩序のあり方に関心のある向きにも、興味深い論点となるはずです。最後の数ページを読みつつわれわれは、ベルクソンの自由の問題に対する批判と、彼なりの自由概念の表現を小括しておきます。
第5回講義:2022年07月30日(土):20:00 - 21:30
ターブル・ロンド——この頃になると、「自由」についての様々な見解を共有したことで、Slackでの議論も深まりつつあるのではないかと思います。そこでわれわれの講義の最終回では、本論に付された「結論」及び「訳者解説」なども参考にしつつ、「自由」に関する議論を行ったり、参加者の皆様の疑問にお答えしたりする場を設けることといたします。せっかくのクローズドな場ですから、皆様のご関心も伺いつつ、様々にお話ができたらと思っています。
はじめまして。京都大学の濱田明日郎と申します。 ふだんは、アンリ・ベルクソンというフランスの哲学者の著作の解釈を通じて、哲学研究に携わっております。とりわけ、上でも挙げた〈創造〉の話題に関心があります。
ベルクソンの思考のおもしろいところは、ある問題について論争中の両陣営がともに立っている前提そのものを突き崩し、その問題がもはや問題とならないような、別の地平を開いてしまうことです。その結果として得られる、世界の見方が一新されるような経験には、何物にも代えがたい、長続きする喜びがあります。もしそのような喜びが少しでも共有できたら、本当に素晴らしいことです。