終了済み講義
今年の2月24日にロシアによるウクライナ軍事侵攻が開始され、終結の見通しが立たないまま、現在も両国の間で戦闘が続いています。まもなく77回目の終戦記念日を迎えようとしている日本でも、「戦争」という言葉に心がざわつく日々を過ごしている人は決して少なくないように思います。「第三次世界大戦はもう始まっている」とも一部では言われ、過ぎ去ったもの、遠く離れたもの、本や映像を通して知るものとして漠然と捉えられていた「戦争」が日本に住む者にも再び現実味を帯びる中、平和を実現するために私たちはどうすればよいのでしょうか。この問題を考えるひとつの材料として、本講義ではイマヌエル・カント(1724~1804)の『永遠平和のために』を取り上げます。
『永遠平和のために』が公刊されたのは1795年。著者であるカントは、『純粋理性批判』(1781/1787年)、『実践理性批判』(1788年)、『判断力批判』(1790年)という、よくまとめて「三批判書」と呼ばれる三つの主著を世に送り出し、既に71歳に達していました。彼の最晩年に著されたこの書物は、常備軍の全廃や諸国家の民主化など世界平和に向けた提言が盛り込まれ、後の国際連盟や国際連合の創設に際して参考にされたことで知られており、現代にも大きな影響を与えています。
上に挙げた主著に比べれば、『永遠平和のために』はページ数も少なく(たとえば『純粋理性批判』の邦訳は、岩波文庫版で全3巻、講談社学術文庫版で全4巻、光文社古典新訳文庫版で全7巻にわたります…)、また内容も具体的であることから、一見すると「読みやすそう」という印象を与えます。しかしそこには、この著作に至るまでに長年積み重ねられてきた思索の前提があり、なかなかスッと理解するのは難しい箇所もあります。そこでこの講義では、他の著作も適宜参照し、カント哲学の基本的な部分について解説を加えながら、全5回に分けて読み進めていきます。
『永遠平和のために』の中には、200年以上の時を経てもなお重要と思われる言葉もあれば、現代人からすれば古臭く見える考え方もあると思います。「有名な古典」だからといって崇めたり全てを受け入れたりする必要はありません。啓蒙主義の哲学者として、カントが「自分で考えること」を重んじたことを踏まえれば、むしろ読者それぞれが思考を巡らせ、探究を続けることこそが大切だといえます。ときに頷き、ときに疑問を投げかけ、ときに異議を唱えながら、少しずつ理解を深めていきましょう。
再来年に迫った2024年はカント生誕300年という節目の年です。故郷である旧称ケーニヒスベルクでは記念のカンファレンスも予定されています。しかし、この都市は第二次世界大戦後にカリーニングラードと名を改められ、現在はロシアの統治下にあります。バルト三国の独立によって飛び地となったこの領地は、NATO加盟国であるポーランドとリトアニアに挟まれ、今まさに緊張が高まっている地域です。ケーニヒスベルク大聖堂の霊廟に眠るカントは、今日の混沌とした世界情勢をどう見つめているでしょうか。カントと対話するつもりで、平和をめぐる彼の理論を一緒に読み解いていきましょう。
*本講義では、岩波文庫版の『永遠平和のために』(宇都宮芳明訳)を使用します。他の邦訳書をお持ちの方は、そちらを使ってご参加いただいても構いません。ですが、講義内で挙げるページ数は岩波文庫版に準じますので、あらかじめご了承ください。
第1回講義:2022年08月09日(火):20:00 - 21:30
イントロダクション:カントの生涯や主要な著作とその内容、エピソードや哲学史における影響などを簡単に紹介します。その後、『永遠平和のために』という著作の成立について、時代背景やその後の反響、カント哲学における位置づけといった観点から概要を述べます。初回は本文の内容についてはあまり立ち入らず、目次を見ながら全体の構成を確認し、次に短い序文を読みながら、カントがこの著作を通して何を言おうとしているのか、その意図について考えます。
第2回講義:2022年08月16日(火):20:00 - 21:30
第一章「この章は、国家間の永遠平和のための予備条項を含む」:いよいよ内容に入っていきます。第一章では、「将来の戦争の種を残す平和条約は本当の平和条約ではない」という趣旨の主張に始まり、「予備条項」と名づけられた平和実現のための6つの条件が挙げられます。そもそも「平和」とは何なのか?それに「永遠」が加わるとどのような意味をもつのか?著作のタイトルに込められたカントの思想を読み解きます。
第3回講義:2022年08月23日(火):20:00 - 21:30
第二章「この章は、国家間の永遠平和のための確定条項を含む」:第一章の内容を踏まえ、第二章では平和実現に向けた制度や法律に関する具体的な提言がなされます。「永遠平和のためには共和的体制が最もふさわしい」という趣旨の主張に始まり、今度は「確定条項」と呼ばれる3つの条件が挙げられます。国家体制はどうあるべきか?また、国家間の関係はどうあるべきか?国家という枠組みを超えた人類のあるべき姿とは?これらの問題に対するカントの答えを探っていきます。
第4回講義:2022年08月30日(火):20:00 - 21:30
補説:第一章で予備条項、第二章で確定条項を挙げたカントは、さらに追加で「永遠平和の保証について」と「永遠平和のための秘密条項」を論じます。ここでは「自然の摂理が平和を保証する」とか「哲学者に語らせよ、哲学者に耳を傾けよ」などという、一見突拍子もない主張がなされます。平和のためには、人類が政治の面で努力するしか道はないように常識的には思われます。そのとき、自然や哲学がどのような役割を果たすのか?カント哲学の根幹に関わる箇所です。他の著作からの引用も手がかりとしながら、「哲学者カント」の主張を考察します。
第5回講義:2022年09月06日(火):20:00 - 21:30
付録:ついに最後の部分に入っていきます。「付録」と言いながらも、それなりのページ数が割かれているこの箇所は、「永遠平和という見地から見た道徳と政治の不一致について」と「公法の先験的概念による政治と道徳の一致について」と題された二つの箇所から成ります。節の題名にもあるように、ここでは「道徳と政治」がテーマとなっており、「理論と実践」という哲学にいつも付きまとう大きな問題が議論されます。この著作を読み進める中で、誰しも一度は「確かに"理論上は"正しいかもしれないけれど、"実践する"のは難しいのでは…」という感想をもつのではないでしょうか。平和の実現のために私たちは何をすべきなのか?これまでの内容をざっくりと振り返りつつ、最後に改めて考えます。
こんにちは。関西学院大学でカントの思想を中心に哲学を研究している八木緑(やぎ・みどり)と申します。The Five Booksで講義を担当させていただくのは今回が初めてです。参加者の皆さまとテキストを読み進める中で、一緒にいろいろな発見をしながら、哲学の面白さを共有していきたいと考えています。
紆余曲折を経てまがりなりにもこれまで哲学研究に携わってきた私ですが、実はずっと、「哲学は確かに面白いけど、良さはいまいちよく分からない」と思っていました。個人的には楽しい。でも他の人にとっては?何の役に立つの?友人や家族からの問いかけにいつもうまく答えられずにいました。しかし最近になってようやく気づいたのは、「哲学の良さは、それぞれの人が哲学してみないと分からない」ということです。拍子抜けするような答えかもしれませんが、哲学とはそういう学問であり、まさしくそこに良さがあるのだと思います。講義を通して「哲学っていいな」と実感していただければ何よりです。
ご参加を心よりお待ちしております。